■ なぜ、あのような色を… ■
「手話」と「ろう文化」をモチーフにした「デフアート」。
私の描く絵画は「紺」の背景の中に鮮明に浮かび上がる「青」のグランデ―ション、そしてまばゆい光を放つ「白」の三色のみが主体です。
私の強い意思の中にある、それぞれの色には、いろんな意味が込められています。
「紺」の拝啓は手話を禁じられた深い歴史と悲しみ、そしてろう文化 (音のない世界)
による異文化理解不足の深刻な社会に対する不安定な感情を表現しました。
「青」のグランデ―ションは青い絵の具を垂らしたような「空」と「海」をイメージしています。
「空」は地球上どこまでも繋がっている。それは、人はみんな同じ地球で生きていることの「平等」。
「海」の中に入ると、ほとんどの音が消えて音のない世界をみんなが共有する。
それは、聴者が手話を使うことによって互いが話し合えることの「対等」。
「空」の無辺の広がり、「海」の底の知れない深さを象徴する青色は無限の可能性を示しています。
純粋に輝いている「白い手」、それはろう児・者たちのアイデンティティの象徴である「日本手話」が大切になっています。
私が表現したかったのは暗さそのものではなく、暗闇の中に見える光のように、私の心の中にある手話への誇りという光に従って、自分の魂をキャンバスに照らすように努めてきました。
それが、ろう者の誇りと希望を持って描いた作品は、ろう児・者たちに誇りと希望を与えます。そして、聴児・者たちに理解してもらうために、その誇りと希望の意味を与えます。
そのためにも"誇り高きろう者であること"を変わらない自分でいたいです。そして、「ろう者の心」で描く
アーティストでありたいです。
「芸術家の使命は、人間の心の奥底に光明を与えることである
(ドイツの作曲家 ロベルト・シューマン 1810ー1856)」
その格言とおり、私はその誇りと希望をキャンバスにぶつけてデフアートを描き続けることによって、ろう児・者たち、そして人類みんなの心の奥底に光を照らし続けたいと思います。
■ なぜ、シンプルな絵を… ■
「すごくシンプルに見える作品にも、背後に矢役の意味を隠している
(イギリスのアーティスト ライアン・カンダ―)」
表情のない顔には何もないように見えるが、注視するといろんな表情が浮かんでいて「喜怒哀楽」が漂って
見えてくる想像力を喚起することを意味するものです。
「芸術の本質は、見えるものをそのまま再現するのではなく、目に見えないものを見えるように
するものである。 (スイスの画家、美術理論家 パウル・クレー)」
ろう児・者たちは外見上、聴者と変わりはないという視点から社会は、ろう児・者の「見えない心」に対して
無関心に繋がってしまいます。
あえて、デフアートを通して「ろう児・者たちの見えない心を見る(感じ取る)」眼を養うことで、巨視的な
展望を持ってもらうことが「ろう児・者たちに対する無知」をなくすための第一歩です。
デフアートを目の前にして「音のない世界」が広がった瞬間、聴者の感性の扉を開く、それが作品と関わる
ことによって、ろう児・者たちの世界観と交信し合うことができる扉の鍵なのです。
「芸術は技芸ではなく、それは芸術家が体験した感情の伝達である。
(帝政ロシアの小説家 レフ・トルストイ)」
「理解」を託してキャンバスに一筆 一筆置くたびに「理解」が広まっていると信じながら描き続けたいと思います。